【第16回】江戸蕎麦の流儀〜蕎麦の洗い方編〜

芝大門 更科布屋 店主の独り言更科そば蕎麦

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

お蕎麦が美味しくなる洗い方

江戸中期に発行された蕎麦に関する説明本「蕎麦全書」にも、「冷水の中に投じ入れ、水4、5回換えてよく洗いて、水の清浄になるを度とす」と書かれているように、古来より現代まで「蕎麦洗い」は蕎麦の仕上げの工程として重要な位置を占めております。

江戸風では、蕎麦を取り出す専用の「揚げざる」と言うざるを使い、直径90cmもある蕎麦釜から、茹で上がった蕎麦を一気に取り出します。蕎麦釜にすっぽり入る様に蕎麦釜より一回りだけ小さい深ざるで、釜の中をいっぺんにすくい取るのです。ざるに取った蕎麦には、これもまたその揚げざるがすっぽりと収まる「洗い桶」を呼ばれる水槽から片手桶で水を汲み取り、湯気の立つ蕎麦の上にかざした手の平に水をぶつけて散らしながら、立て続けに3、4杯かけて急速に熱気を洗い流します。

それに続けて蕎麦の入った揚げざるを水槽に沈め、左手でざるを浮かし軽く動かしながら、右手の平でざるの底を擦るような要領で、蕎麦を大きくぐるぐる廻して蕎麦を洗います。10回程度廻したあとざるを水槽から上げ、洗い桶とは別の「元桶」と呼ばれる水槽に溜めてある綺麗な冷水を2.3杯かけます。

この水の事は蕎麦屋では「化粧水」と呼んでいます。茹で上げられた蕎麦はこの様にして熱を冷まし、表面の粘りやぬめりを取ります。こうして汚れを取った蕎麦を次に「横びつ」と呼ばれる小判型の桶に移して再度綺麗な冷水に晒し、すぐに「ためざる」と呼ぶ浅めの大きなざるの淵に沿ってひとちょぼずつ小分けに並べ水を切ります。

この一連の作業を「洗い」を呼んでいます。洗いに使う水はできる限り冷たい水が適しており、井戸水の時代には「夏は新水、冬はくみ置き」とされていたそうです。現代では冷水器を使って冷水を作っております。

「洗い」の差が蕎麦の美味しさを決める

冷水に拘るのは、芯までしっかり茹でられた蕎麦の表面を冷水がしっかり締めることで、周りが硬く芯が柔らかい、口当たりも良くそれでいて歯切れのよい蕎麦を生み出す事ができるからであります。お蕎麦は硬いものではありません、口当たりはしっかり、中身はほくほくとやわらかい物なのです。

この「蕎麦洗いの流儀」が、前回の「釜下・茹で方の流儀」のところでも話した様に、蕎麦は半煮えはよろしくない=「煮え前は恥、蕎麦の煮え過ぎは恥じゃない」と言う古来からの格言の根拠となる訳です。

蕎麦はよく煮なくてはいけない物なのです、半煮えで芯が残り、周りも芯も硬い蕎麦になる事を避ける為に、しっかり茹で、その上でしっかり洗う事が、おいしいお蕎麦作りの大切な行程となります。

この最終行程こそが、丁寧な木鉢(蕎麦を捏ねる工程)を生かし、おいしい蕎麦の仕上げになると思います。 最終の工程であるからこそ、ここでの差は直接お客様の評価に繋がる大切な流儀になるものなのでしょう。ご家庭でお蕎麦を召し上がる時にも、ぜひお試しください。

この記事を書いたのは…

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。
更科布屋ホームページ

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